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仙台地方裁判所 昭和30年(行)19号 判決

原告 旧宗教法人松巖寺

被告 宮城県知事

訴訟代理人 森川憲明 外二名

新宗教法人 松岩寺

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和三〇年一〇月一一日宗教法人松巖寺規則についてなした認証を取消す。訴訟費用は被告の負担とする、旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、被告は原告(旧宗教法人松巖寺)の代表者松山岩王が昭和二七年一〇月二日にした新宗教法人松岩寺規則の認証申請を受理し昭和二九年一〇月一一日これを認証した。

なお、被告が右認証をするにいたつた経緯は次のとおりである。昭和二九年四月一日被告は原告の申請にかかる規則を認証できない旨を決定し、同月一一日その旨原告に通知したところ、同年四月二五日原告は被告の再審査を請求したので、被告は文部省宗教法人審議会に再審査すべきや否の指示を求めたところ、同審議会は再審査すべきものでない旨通知したので、被告は昭和二九年一二月九日原告に対しその規則を認証できない旨決定通知した。そこで、原告は昭和二九年一二月一〇日文部大臣に対し訴願した。これに対し文部大臣は昭和三〇年九月二九日その訴願を認容する旨の裁決をしたので、被告は同年一〇月一一日その規則を認証したものである。

二、しかし、右規則の認証は次の理由により違法であるから取消さるべきものである。

(一)  旧宗教法人が新宗教法人となろうとするときは、宗教法人設立に関する規定に従い、規則を作成し、その規則について所轄庁の認証を受け設立の登記をすることを要し、その認証申請の少くとも一月前に、檀徒その他の利害関係人に対し、規則案の要旨を示して新宗教法人となろうとする旨を公告しなければならないにかかわらず、原告は全くそのような公告をしなかつたものである。

(二)  前記規則には包括関係離脱することを規定しているのであるが、原告を包括する宗教団体曹洞宗との被包括関係を廃止するには前上記載の公告と同時に、原告を包括する曹洞宗に対しその被包括関係を廃止しようとする旨を通知しなければならないにかかわらず、これをしなかつたものである。

(三)  新宗教法人設立のための規則認証の申請は、昭和二六年四月二日宗教法人法施行の日から一年六月以内すなわち昭和二七年一〇月二日までに、認証申請書及び規則二通並に前記公告をしたことを証する書面その他を添付してこれをなさなければならないにかかわらず、原告は、被告が認証をするか否を決定すべき最終日たる昭和二九年四月二日の翌日である四月三日に規則を提出した。(被告はすでに同年四月一日本件申請にかかる規則を認証できない旨を決定した)被告は、当時の事務処理の状況ないし宗教法人法の精神からして法定期限には申請書のみを提出し、その他の関係書類は後日提出しても、認証申請は適法になされたと解して差支えないと主張するが、申請期限後でも知事が認証するか否を決定する相当の期限内であれば格別、本件のように不認証の決定がなされるまで遂にその提出をせず、知事が認証をなすべき法定の最終日以後に提出された場合にまで拡張し適法とするいわれはない。

三、右のとおり、本件規則認証申請手続は宗教法人法に規定する手続に違背してなされたにかかわらず、被告はこれを認証したのであつて、右認証は違法であるからその取消を求めるため、本訴に及ぶと陳述し、

四、被告の本案前の主張に対し、

(一)  原告には当事者能力がある。本訴において規則の認証の行為に瑕疵がありとしてその取消を求め、認証の効力を争つているのであるから、一応規則認証の効力は確定的のものでなく、後日取消されれば当初から認証行為がなかつたものとして取扱われるべきであるから、原告は不存在ではない。

たとえ、登記簿上新法人松岩寺設立の登記がなされ、旧法人松巖寺である原告の登記用紙の閉鎖がなされ、形式上新法人松巖寺がたん生し、原告はすでに存在しないような外観を呈していてもそれは事実にそわないものである。

原告は、現在解散しているが、それは宗教法人法附則第一八条によるものでなく、同附則第一七条によるもので、現在清算中で今日も存続しているのであつて、被告のこれに反する主張は理由がない。

(二)  原告は本訴につき訴の利益を有する。

本件規則の認証申請当時、松山岩王は原告の代表者であり、右申請は、松山岩王が原告代表者としてした行為ではあるが、それは、法定の手続を履践せず、松山が原告を私せんがためにほしいままにしたものであるから、松山には右認証申請につき代表権がなかつたものでその効果は原告に及ばない。

かりにそうでないとしても、本件認証申請のごときは、一旦これをしても、これを取消し又は撤回することは自由であるところ、原告は本訴を提起することによつて右申請の撤回をなしたものであるから、本件認証はその基礎をかくものとしてその取消を求めるものであるから、原告に訴の利益をかくことはない。

(三)  永井一英は原告の代表者である。

原告の先の住職松山岩王は昭和二九年四月二一日曹洞宗管長に罷免され、永井一英が同年五月一三日同寺の住職に任命されたものである。

(A)  松山岩王罷免の理由は、次のとおりで、決して被告主張のように松山岩王が曹洞宗との被包括関係の廃止を企てたことを真の理由としてしたものではない。

(1)  原告は、境内に一反八畝二歩、境外に一町三反一畝八歩の墓地を所有し、他に本堂庫裡およびその敷地等をも所有していた。もつとも公簿上は明治五年以来檀徒の共有名義になつていたが、必要の場合は何時でも原告へ名義書換をする旨の約定がありその旨を記載した念書が作成されており正しく同寺の所有であつたものである。ところが、昭和一七年頃から檀家側において右名義の書換をはかり、当時原告の住職松山岩王にその手続を委任し白紙委任状を手交したところ、松山岩王は右委任状を冒用して贈与の形式を以て自分に所有権移転登記をしてしまつた。檀徒は右事実を知つて驚愕し岩王に対し右登記の是正を請求したところ、岩王は事態の不利を知つたか境外墓地についてはその所有者の名義を松岩寺代表松山岩王と変更したが、それ以外のものについては檀徒の再三再四の請求にもかかわらずこれに応じない。

(2)  また、原告と曹洞宗との間には被包括関係が存在しているにもかかわらず、松山岩王は同寺の住職として曹洞宗に対する義務をつくさず宗務費の納入を怠り却つて虚構の宣伝をして曹洞宗を誹謗し、遂に多数檀徒にはかることなく曹洞宗に通知することもなく、独断を以て新法人単立寺院松岩寺設立の申請をした。

(B)  松山岩王の罷免の手続は次のとおりで何等のかしもない。

(1)  原告の曹洞宗との被包括関係の存続を熱望する多数檀徒は松山住職の右独断申請の事実を知つて憤激し、昭和二九年四月七日檀徒総会を開き、二六六名の圧倒的多数を以て松山岩王を住職の地位から追放する旨の決議をし、かつ曹洞宗に対して二一五名の連署を以て松山岩王不信任を表示しその罷免を要請した。(因に曹洞宗に届出ている原告の檀徒数は二〇六戸である。)

(2)  曹洞宗宗務庁は、右要請に接し、その役員を松山岩王方に派遣し事態を調査しようとしたが、松山は会見を拒否しあまつさえ曹洞宗の名誉を傷つけるような言動に出たため会見不能に終り、やむなく同年四月一七日松山岩王罷免を立案し、慎重協議の結果責任役員六名(管長、総長、総務局長、教学局長各一名及び参議二名)の全員一致を以て、松山岩王が檀徒大多数の者から不信任の表示を受けたことが認められ且松山岩王の日頃の行状からみて住職として不適当と認めるとの結論に達し同年同月二一日同住職罷免の処分をしたものである。

従つて、松山岩王の後任として正規の手続によつて任命された永井一英は原告を代表する正当の権限を有するものである。

と述べた。

被告指定代理人は、

第一、本案前の抗弁として、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、次のとおり陳述した。

一、原告には当事者能力がないから本訴は不適法である。

原告(旧宗教法人松巖寺)は、その元主管者松山岩王が、宗教法人法の規定に従い宗教法人松岩寺規則を作成し、その規則について昭和二七年一〇月二日被告に対し認証の申請をし、原告主張のとおりの経緯をへ、昭和三〇年一〇月一一日右規則について被告の認証を受け、同年同月一四日仙台法務局石巻支局において設立の登記を了したので、新宗教法人が設立され原告(旧宗教法人松巖寺)は解散しその権利義務は新宗教法人松岩寺に承継され解散と同時に消滅した。

けだし、被告の右規則認証の処分はいわゆる公定力を有し、その成立に重大且明白な瑕疵があり当然無効とされる場合の外は、有効なものとして拘束力を有する。そして右被告の認証について原告の主張するような瑕疵は、事実存在せず、かりに存在したとしてもその性質上申請手続に関する瑕疵を被告において看過したというに止まり決して重大な瑕疵ではないからもとより無効原因にあたらない。従つて、新宗教法人松岩寺がすでにその規則について被告の認証を受けその設立登記を経由している本件にあつては、新宗教法人松岩寺が有効に設立され、原告は同時に消滅し当事者能力を喪失したものと言わなければならない。

二、原告は訴の利益を有しないから本訴は不適法である。

本件規則の認証は、原告から昭和二七年一〇月二日になされた新宗教法人松岩寺の規則認証申請を認容した処分であるから、これによつて原告が権利乃至法律上の利益を害されるいわれはなく、従つて原告は本件処分の取消を訴求する利益を有しない。

原告代理人は、本件規則認証申請は、松山岩王が松巖寺を私するために檀にしたもので、実質上同人が原告の代表者としてしたものでないから、訴の利益を有すると主張するが、右申請については、原告主張のような事実はないし、また、かりに、あつたとしても、原告の代表者である松山岩王が形式上代表者として右申請をしたものである以上、右申請に基いてなされた規則認証によつて生ずる法律効果は申請人である原告に帰属するのであるから、原告が本訴について訴の利益を有しない点では変りない。

また、原告代理人は、本訴は右申請の撤回にあたるから、原告としては、訴の利益を有する旨主張しているが、申請に基いて既にこれを認容する行政処分の行われた後は、その申請を自由に撤回できないから原告の所論は全く理由がない。

三、永井一英には原告を代表する権限がない。従つて同人が原告の代表者として提起した本訴は不適法である。

曹洞宗管長は、昭和二九年五月一三日永井一英を原告(旧宗教法人松巖寺)の主管者(住職)に任命するに先立ち、同年四月二一日附で原告の主管者松山岩王を罷免しているが右罷免は次の理由によつて無効であるから、したがつて松山の罷免が有効であることを前提とする永井一英の右任命もまた無効である。

A  曹洞宗管長は、原告が宗教法人法附則の規定に従い新宗教法人松岩寺となる際、包括宗教法人曹洞宗との被包括関係の廃止を企てたことを理由として松山岩王を罷免したものであるから無効である。

(1)  曹洞宗は、松山岩王罷免の理由として、同人が原告の財産に関し檀徒との間に紛議をおこした等の外に多数の檀徒から不信任を表明されたことを挙げているが、それは表面上の口実にすぎず、真実は、松山岩王が曹洞宗と原告との被包括関係の廃止を企てたことを理由としたものである。(イ)そのことは、罷免の時期が、松山岩王によつて、曹洞宗との被包括関係を廃止するための手続がすすめられた後で、殊に、その被包括関係廃止を内容とする規則が現実に所轄庁である被告に提出された昭和二九年三月三〇日の直後である一事によつても十分推知できる。(ロ)罷免の真の理由が被告の上記主張のとおりであることを直接明確に証明するものとして次のような事実がある。すなわち、原告の総代川原田生が松山瑞巖と共に昭和二九年四月二一日原告が曹洞宗から離脱することについて了解を求めるため曹洞宗宗務庁を訪れ宗務総長等と面談した際、宗務総長は、「松山氏が離脱するならば首を切る」と述べ、これに対し川原田が「現在の状態で直ちに住職の首を切ることができますか。」と反問したところ、総長は「それはできる。」と答えており、また、庶務部長は、川原田等を見て「これは敵側だな。」ということを述べているのであつて、この事実は、松山岩王を罷免した真の理由が何であるかを雄弁に物語るものである。(ハ)ところで、曹洞宗の松山岩王住職罷免に関する決裁文書には昭和二九年四月二一日付で松山岩王罷免が決裁された旨の記載があるが、川原田等が同日宗務総長等と面談した際、宗務庁側の者は、川原田等に対し「松山岩王の罷免の問題については、もう少し語り合いたい。そのために自分の方の関係者も二三日に来てもらうことになつているから、あなた方や松山岩王も来てもらいたい。」と述べており、一方、松山岩王に対し宗務庁庶務部長から「不信任の件にて同月二三日宗務庁に出頭せよ」と電報を以て出頭方を要請しているから、宗務庁部内において松山岩王罷免の決裁が行われたのは、少くとも昭和二九年四月二三日以降であつて、前記決裁書の決裁の日附は遡つて付せられたものとみる外ない。なお、罷免の辞令が同月二六日に松山岩王に到達していることも、右事実を裏書するものということができよう。

(2)  ところで、(イ)宗教法人法は、宗教法人が当該宗教法人を包括する宗教団体との被包活関係を廃止することは、当該法人の自由に任せ、宗教団体の干渉を認めず(第二六条)、宗教団体が宗教法人被包括関係の廃止を防止する目的で、又はこれを企てたことを理由として、当該法人の代表役員等を解任するなどの不利益処分をすることを禁止し、これに違反する行為を無効としている(第七八条)。(ロ)同法附則は、宗教法人令に基く宗教法人が宗教法人法の規定による宗教法人となる場合に当該宗教法人を包括する宗教団体との被包括関係を廃止することも当該法人の自由に任せ宗教団体の干渉を認めない(附則第一三、第一四条)、また、その干渉を防止するため、特に、法第七八条と同趣旨の規定は設けていない。しかし、この場合も同条を類推適用し、被包括関係の廃止を防ぐことを目的とし、または、これを企てたことを理由として、その法人の代表者を解任した場合右解任は無効と解すべきである。けだし、(イ)(ロ)いずれの場合も被包括関係の廃止を当該宗教法人の自由に委せ、以て憲法第二〇条の保障する信教の自由を確保すべき場合であるからである。

(3)  しかるに、曹洞宗が松山岩王を罷免した理由は、之との被包括関係の廃止を企てたことを理由とするものであること上記のとおりである。故に右罷免は無効である。

B  曹洞宗が松山岩王を罷免した真実の理由が、かりに右のとおりでなく、檀信徒の不信任を理由とするものであるとしても、なお右罷免は、その要件をかくから無効である。

すなわち、曹洞宗寺院住職任免規程第一一条は、住職が檀信徒の大多数から不信任の表示を受けたことを罷免の要件としており、ここに檀信徒の大多数とは少くとも過半数以上をいうものと解されるが、松山岩王が檀信徒の過半数以上の者から不信任の表示をうけた事実はない。以下そのことについて詳述する。

(1)  原告の檀信徒数

昭和二九年当時の原告の檀信徒数は、原告主張のように二〇六戸ではなく、千余戸である。それは、同寺において施餓鬼その他の行事の際、檀信徒の名簿によつて一戸一枚の割合で約千通の案内状を発送していること、同寺の墓地に檀信徒の墓が千以上あることによつて十分に裏付けられるのである。

(2)  松山岩王に対し不信任を表示した檀信徒数

(イ) 原告代理人は、昭和二九年四月七日の檀信徒総会で二六六名が松山岩王を住職から追放することを決議したと主張している。しかし、実際その集会に参集した者は僅か五、六〇名にすぎないし、しかもその中には松巖寺の檀信徒でない者も含まれており、また、参集者の悉くが松山岩王不信任を表示したのではないことがうかゞわれ、さらに右参集者中には婦人老人がかなりの数を占めていたので、松山不信任を表示した者の中にも必ずしもその真意に基かず一部の檀徒に単純に追随したにすぎない者も多いと推察される。又、原告の挙げる二六六名中に実際に参集せず委任状を提出したものがあつたが、一般の檀信徒は住職の適不適にさして関心をもたないのが通常であり、右委任状が如何なる趣旨で集められたかも明らかでないから、委任状提出者の悉くが松山不信任の意向をもつていたとみることには多分の疑問がある。

(ロ) 原告代理人は、二一五名が連署して曹洞宗に対し松山岩王不信任を表示したと主張するが、その中には原告の檀信徒でない者もあり、右住職不信任のためでなく阿部松治の減刑嘆願のために署名した者もかなりの多数を占めるものと思われ、さらに、松山岩王を信任する者の名簿中に名を連ねた者もあるのであつて、右二一五名の連署者中には真意に基かずして署名した者が相当数に上ることが推知されるのである。

以上によつて明らかなとおり、檀信徒中松山岩王不信任者は檀信徒総数に比較し極めて僅かな割合を示すにすぎず到底過半数に達しないのである。

以上の理由で松山岩王の罷免は無効であり、永井の右任命も無効であること明らかである。

第二、本案について、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として、次のとおり陳述した。

原告代理人は、原告が新宗教法人となるについて所定の公告をしていないこと、曹洞宗に対し離脱の通知をしていないこと、および規則認証申請に関する書類を所定期間内に所轄庁に提出していないことを理由として被告がその申請を容れて新宗教法人松岩寺規則を認証したのは違法であると主張するが、その理由がないこと次のとおりである。

先ず、宗教法人法に基く規則認証申請があつた場合、所轄庁として審査すべき義務の範囲としては、その申請が規則認証の要件を具備しているか否かを実質的に審査する義務を負うものではなく、単に規則及び添付書類を調査することによつて認証の要件の具備しているかどうかにつき判断した上、認証または不認証の決定をすれば足るものと解せられる。

本件についてみるに、原告のした規則認証申請においては、申請書に宗教法人法第一三条所定の書類が添付されており、これによると、認証申請の一月以上前である昭和二七年八月一五日から一〇日間信者その他の利害関係人に対し新宗教法人松岩寺を設立する旨及び同寺規則案の要旨を同寺事務所の掲示場に公告したことが認められ、また原告が宗教法人法附則一四三号の規定による通知をしていることも申請書の添付書類によつて認められるから、宗教法人法第一四条の規定により当然認証されるべきであつたものである。

のみならず、原告主張の公告、通知、書類の提出ともに、次に述べるとおり実際適法にこれをしている。

したがつて、原告の規則認証申請を認容した本件認証処分には何らの違法はない。

一、規則等の公告について

松巖寺の事務所である本堂内に、昭和二七年八月一二、三日頃から少くとも一月位、畳三分の二位の紙に新宗教法人松岩寺を設立しようとする旨を墨書したものを貼り、新宗教法人松岩寺規則を掲示した外、同じ頃から、松巖寺入口の岩塀、および同寺近在吹上墓地入口の菊地自転車店の店頭等にも、松巖寺が曹洞宗から離脱して新宗教法人となろうとする旨および規則全文を本堂に掲示してある旨を記載した紙を掲示して公告している。

二、曹洞宗に対する離脱通知

松巖寺は次のとおり曹洞宗に対し適法に離脱の通知をしている。

(一)  昭和二七年八月一五日曹洞宗宗務庁に宛て、同宗との被包括関係を廃止する旨を記載した葉書を発送し右葉書はその頃曹洞宗に到達した。

(二)(イ)  昭和二六年六月、同宗宗務庁に対し被包括関係を廃止する予定である旨郵便で通知し、

(ロ)  昭和二七年九月二八日同宗務庁庶務部長本多喜禅に対し電話で被包括関係を離脱した旨を通知し、

(ハ)  同年一一月一日曹洞宗管長に対し口頭で同様通知し、 (ニ) 昭和二九年四月には、一日、一五日、二〇日それぞれ曹洞宗に対し離脱の旨を内容証明郵便で通知した。

三、規則認証申請に関する書類の提出

本件規則認証の申請にあたり、法定の申請書は昭和二七年一〇月二日これを被告に提出し、添付書類は昭和二九年三月三〇日全部これを被告に提出した。右添付書類の提出は法定の提出期限後ではあるが、しかし被告が始めて認証申請について決定した昭和二九年四月二日の前であるからこれを違法とすべきではない。右法定の書類は、本来所轄庁が申請の許否を決定する資料として提出させるものであるから、所轄庁が申請の許否を決定するまでに提出されれば足るものと解すべきである。被告においても申請書提出期限までに書類が完備していないときは申請書だけでも提出しておくよう指導していたものである。

立証〈省略〉

理由

第一、原告は、本訴において、被告が昭和三〇年一〇月一一日宗教法人松岩寺規則についてした認証の取消を求めるものである。

ところで、被告において、昭和二七年一〇月二日原告(旧宗教法人松巖寺)の代表者であつた松山岩王が、原告の代表者としてした新宗教法人松岩寺規則の認証の申請を受理し右申請を認容して右規則を認証したものであることは、当事者間に争がない。

そうして、右規則の認証申請が、その性質上旧松巖寺の代表者の代表権の範囲外の行為であつたことについては何等の主張も立証もなく、また松山岩王が同寺を代表して右申請をする権限を特に制限されたことを認めしめる何らの証拠もない。

原告代理人は、松山の右規則認証申請は形式上は同人が同寺の代表者としてしたものであるが、次の理由により実質上その代表権を欠いたものであるから、原告の行為とはいえないとし、

(一)  先ず、松山が右規則の認証の申請につき法定の手続を履践しなかつたから代表権がなかつたとし、その手続履践の欠缺として、松山が右規則認証申請をするにつき1法定の公告をしなかつたこと、2曹洞宗に対し被包括関係離脱の通知をしなかつたこと、3法定の期限内に申請書に添付すべき書面を提出しなかつたこと、の三点を挙げる。しかしながら、仮りに右三点の手続を履践しなかつたとしても松山が原告を代表してなした被告に対する本件規則認証の申請は、松山個人の申請ではなく、原告の認証申請として認むべきであることは極めて明らかである。

(二)  次に、松山の右規則認証申請は、松巖寺を私せんがためほしいいまゝにしたものであるから同人に同寺を代表する権限がなかつたものであるとする。しかしながら、法人の代表者が代表者としてその権限内の行為をした以上かりに私利私欲をはかるためにこれをしたとしてもその故に右行為が代表権をかく行為であるとすることはできない、のみならず松山が私利私欲をはかるために右規則認証申請をしたとのことを認めうべき証拠はない。

そうすると、松山岩王がなした右規則認証の申請によつてはとりもなおさず原告(旧宗教法人松巖寺)から規則の認証申請がなされたものと認めなければならない。

被告において、原告の右規則の認証の申請を受理し、原告の申請を認容しその申請どおりの認証をしたのであるから、右認証によつて申請者である原告は何等の権利ないし法の保護する利益をも害されたものということができない。

そうすると、仮りに原告の右規則認証申請に原告主張の上記三点の手続上の違法があり、被告の右規則の認証がその違法を看過してなされたものとしても、原告が右処分によつて何等の権利ないし利益を害されたものとなし得ないから原告は被告の右処分を違法であるとしてその取消を求めることはできないものといわなければならない。

第二、原告代理人は、本訴の提起によつて右規則認証申請を撤回した。したがつて、右申請は始めに遡つてなかつたことになり、被告の前記認証は、申請がないのにこれをしたことになるから本来無効であるが、行為の形式が残存しているからその取消を求めるものである、と主張する。

しかしながら、申請の撤回は特別の規定がないから、遡及的効力を持つものでない。従つて一旦右認証申請に基いて規則の認証がなされた以上右認証は申請に基いてなされたものとしての効力を生ずるから、もはやその申請を撤回しても認証の効力に対し何等の影響のないものといわなければならないから、右主張は採用することができない。

以上のとおり、原告の本件訴は、他の諸点を判断するまでもなく、この点においてすでに不適法である。よつてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九四条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 新妻太郎 小林謙助 丹野益男)

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